2026年9月にミネルヴァ書房から刊行予定の『イシューからはじめる財政――国際比較で読み解く13のテーマ』。紛争、パンデミック、気候変動、物価高、移民、ジェンダー、住宅、格差など、いま起きている問題を入り口に財政を考える、新しいタイプの教科書です。
なぜ制度や理論ではなく「イシュー」から始めるのか。なぜ国際比較なのか。そして、AIの時代に人間が問いを立てることには、どのような意味があるのか。編者の徐一睿さんに、同じく編者の倉地真太郎さんが聞きました。

倉地 真太郎
明治大学政治経済学部 准教授
本書編者。専門はデンマークと日本の比較財政。2026年度はデンマークのロスキレ大学の客員研究員として現地調査に取り組む。

徐 一睿
専修大学経済学部 教授
本書編者。専門は中国財政。専修大学で財政学を担当している。今回のメインの話し手。
はじめに――二人の専門と、この本とのかかわり
倉地
みなさん、こんにちは。明治大学の倉地真太郎です。今日は、2026年9月にミネルヴァ書房から刊行予定の新しい財政学の教科書『イシューからはじめる財政――国際比較で読み解く13のテーマ』について、編者の一人である専修大学の徐一睿先生にお話を伺います。徐先生、今日はよろしくお願いします。
徐
よろしくお願いします。
倉地
まずは簡単な自己紹介から、ということで。徐先生のご所属やご専門、それから、この本にどうかかわったのかを教えていただけますか。
徐
はい。専修大学で財政学を担当しています。いま「財政と税制」という入門科目を受け持っているのですが、ちょうど、その授業で使う教科書を探していたんですね。
でも、なかなか「これを使いたい」というものが見つからない。それなら、もう自分たちでつくってしまおうと考えました(笑)。それが、この本を企画した一つのきっかけです。
倉地
なるほど。教科書を探していて、最終的には自分たちでつくることになったと。
私も少し自己紹介をさせてください。明治大学で財政学や財政政策の講義を担当しています。専門はデンマークと日本の比較財政で、普段からデンマークで現地調査をしています。2026年度はデンマークのロスキレ大学の客員研究員をしています。
ですから、国際比較を軸にした教科書の話をいただいたときには、「これは自分の研究関心にもぴったりだな」と思って、参加させていただきました。
なぜ、いま「イシューからはじめる財政」なのか
倉地
いま、大学の授業で使う教科書を探していたことがきっかけだった、というお話がありました。そこから、どうして「イシューからはじめる」という企画になったのでしょうか。財政を教えるなかで、何かもどかしさがあったのでしょうか。
徐
そうですね。一言でいえば、「いまほど財政が問われる時代はない」という実感からです。
紛争があり、コロナのパンデミックがあり、気候変動があり、物価高がある。私たちは、いくつもの危機が同時に押し寄せる時代を生きていますよね。こういう危機の時代にこそ必要とされるのが、まさに財政なんです。
ところが、大学の一般的な財政学の授業は、どうしても理論や制度の説明が中心になりがちです。税制、予算、公債を順番に説明してというふうに説明していく感じです。もちろん、それは必要です。でも、それだけだと「そもそも、なぜ財政が必要なのか」が学生に十分に伝わらないんですね。
倉地
財政学というと、どうしても理論や制度から入りますからね。
徐
そうなんです。学生からすると、抽象的で難しそうな学問に見えてしまう。教室で学生と接しながら、そこをずっともどかしく感じていました。
そこで、発想を逆転させたわけです。制度や理論からではなく、いま現実に起きている問題から始めようと考えました。私たちはそれを「イシュー」と呼んでいるのですが、そのイシューから財政学を組み立て直してみようと考えました。これが本書の出発点です。
倉地
標準的な財政学の教科書では、税、予算、公債といった制度や理論を順番に学びます。それに対して、この本では、まず具体的な社会問題を置いて、「この問題に財政はどうかかわっているのか」と考えていく。入り口を逆にしたわけですね。
徐
はい。グローバリゼーション、金融危機、移民、ジェンダー、脱炭素、住宅、格差、ポピュリズム、地方自治。いまの社会で私たちが実際に出会っている問題から入って、その背後にある財政の仕組みを見ていきます。
財政は、単なるお金の出入りではありません。限られた資源をどう配分するのか。誰がその費用を負担するのか。そこには、その社会が何を大切にしてきたのか、どうやって合意をつくってきたのかが表れます。
ですから、財政を見れば、その社会の価値観がわかるんですね。そう考えれば、入り口は、もっと身近な問題でいいはずです。財政学の面白さは、抽象的な理論のなかだけではなくて、私たちの日常生活に直結する問題を考えるところにあります。
倉地
「財政」という言葉からは遠く見える問題も、実はかなり深いところで財政とつながっている。そのことを、まず実感してもらう本でもありますね。
徐
そうですね。それから、もう一つ大切にしたのは、財政を専門家だけの話にしないことです。
予算書には数字がずらっと並んでいますし、税制も複雑で、用語も難しい。それが人々を財政から遠ざけてきたところがあります。でも財政は、本来、専門家だけのものではありません。人々が選択肢と負担を理解して、議論して、合意をつくっていく営みです。
財政と市民の距離を、少しでも縮めたい。その最初の一歩になる教科書をつくりたい、という思いもありました。
倉地
もう一つのきっかけが、一緒に書く仲間の存在だったそうですね。
徐
はい。執筆者の多くは、大学から大学院にかけての学びの場で出会った先輩や後輩です。長いあいだ、いろいろな議論を重ねてきた研究仲間なんですね。
でも、専門とする国は、中国、イギリス、デンマーク、ドイツ、オランダ、アメリカ、日本と、かなりバラバラです。扱っている問題も、それぞれ違う。この「バラバラな人たち」を一冊に集めたら、面白いものになるのではないか。そこには、かなり確信がありました。
倉地
この「バラバラ」というのは、財政学の裾野の広さとも関係しています。財政学にはさまざまなアプローチがありますが、日本や外国の国を一つとりあげて、その国の専門家として研究する人たちが多くいるのが特徴的だと思います。しかも近年は、戦争、物価高、エネルギー転換、テクノロジーなど、向き合うべき問題そのものが非常に広がっています。なので、「バラバラ」になることは財政学の特徴なのかもしれません。
それぞれが異なる国で、異なる問題を研究してきた。その人たちが改めて結集したことに、この本の意味があるのだと思います。
財政を見れば、その社会の価値観がわかるんですね。
— 徐 一睿
13のテーマを貫く二つの軸
倉地
本書には13のテーマがあります。これも、いろいろな候補があったと思うのですが、どのような基準で選んだのでしょうか。並べ方にも、かなり議論がありましたよね。
徐
ありましたね(笑)。みんなで、かなり議論しました。
テーマ選びには、大きく二つの軸があります。一つは「持続可能性」です。ここでいう持続可能性は、財政赤字をどうするか、という話だけではありません。環境、社会保障、地域社会、そして民主主義そのものを持続可能にできるのか。そういう広い問いとして考えています。
もう一つは、「知識社会への転換」です。20世紀の財政は、インフラ整備と所得再分配を中心に考えられてきました。それに対して、21世紀には、人的資本への投資や、知識を生み出すための基盤整備が、ますます重要になります。
13のイシューは、この二つの軸が交わるところから選びました。
倉地
章の順番にも、一つの流れがありますよね。
徐
そうなんです。まず、第1章と第2章では、グローバル化と金融危機から始めます。第3章と第4章は、中国を事例に、国家の生産・供給活動を見ていく章です。
続く第5章と第6章では、移民とジェンダーという社会の多様性の問題を扱います。第7章と第8章は、教育と脱炭素。これは、いわば未来への投資ですね。
ただ、成長や投資の恩恵が、すべての人に届くわけではありません。そこで第9章と第10章では、住宅と格差を取り上げます。そして最後は、ポピュリズム、地域経済、地方自治という、民主主義をめぐる問いに収斂していきます。
マクロな構造から、具体的な政策課題へ。そして最後は政治的な問いへ。少しずつ深まっていく構成を考えました。
倉地
なるほど。さまざまな社会問題に目配せしながら、順番に読んでいくと、個々の問題の背後にある構造や、より政治的な争点が見えてくる、ということですね。
徐
はい。ただ、最初から最後まで順番に読まなければいけない、という本ではありません。各章は独立して読めるように、執筆者のみなさんと議論しながら設計しています。
ですから、気になる章から読んでもいい。でも、最初から通して読むと、財政という窓から現代社会の全体像が見えてくる。そんな本になったのではないかと思っています。
国際比較は、優れた国を探すためではない
倉地
もう一つの特徴が、サブタイトルにもある「国際比較」です。
ただ、私もデンマークの話や北欧の話をすると、よく言われるんです。「北欧は小国だから、日本の参考にはならない」とか、「海外のよいところだけを持ち上げて、日本も真似しろと言う『出羽守』ではないか」とか。
少しうがった見方をすれば、この本も海外の事例を集めただけではないか、と言われるかもしれません。なぜ、教科書の中心に国際比較を置いたのでしょうか。
徐
はい。そこは、とても大事なところです。
グローバル化が進むなかで、財政が直面する課題は、どんどん共通化しています。たとえば、多国籍企業の税回避は、日本だけの問題ではありません。アメリカでも、デンマークでも、中国でも、各国の税収基盤を侵食しています。
金融危機も、一度起きれば瞬時に国境を越えます。気候変動は、そもそも一国だけでは対応できません。日本では豪雨が続き、ヨーロッパでは、かつては涼しかった地域が40度近い猛暑に見舞われる。私も以前イギリスに行ったときは、「涼しいな」と思ったのですが、いまはもう、まったく違いますよね。
倉地
そうですね。デンマークにいても、以前とは違う暑さを感じることがあります。
徐
そうでしょう。つまり、課題は共通しているわけです。ところが、とても面白いことに、同じ課題に対する各国の対応は、やはり違うんですね。
同じ問題に対する異なるアプローチを比べると、自国の「当たり前」を相対化できます。これが国際比較の最大の効用であり、私たちにとって一番面白いところでもあります。
どの国が一番優れているのかを決めるために比較するのではありません。
倉地
では、「海外で成功した制度を、そのまま日本に持ち込もう」という話とも違うわけですね。
徐
違います。「よい国、悪い国」という結論ありきの分析は、望ましくありません。
制度は、その国の歴史や文化を含む、一つのエコシステムのうえに成り立っています。よさそうな制度だけをパッチワークのように移植しても、うまく機能するとは限らない。というより、まずうまくいかないでしょう。この問題は、倉地先生が担当した終章でも正面から論じています。
倉地
はい。そこは、かなり意識して書きました。
徐
それでも比較をやめないのは、比較が他者とのコミュニケーションそのものだからです。
なぜ違うのか。逆に、なぜ似ているのか。それをお互い知ることで、他国だけではなく、自国をより深く理解できます。そうすると「自分たちの国も変わりうるんだ」という可能性を知ることもできます。
成功したから真似るのではなく、それぞれの国が課題にどう向き合ってきたのかを学ぶ。本書では、それを「創造的な政策学習」と呼んでいます。
倉地
ほんとうに、その通りだと思います。この本には、イシューに対する一つの答えが書いてあるわけではありません。それぞれの国が問題にどう直面し、どう向き合ってきたのか。そこから私たちは何を学べるのかを考える本です。
理想の国を探すというより、むしろ、それぞれの国が抱えている課題が見えてくる内容なんですよね。
それから、いまのお話を聞いていて改めて思ったのですが、物価高や円安の影響で、海外旅行をする学生が減っていると聞きます。私の周りでも、そう感じます。
身近な経験として国際社会に触れる機会は少なくなっている。一方で、戦争、物価高、気候変動などを通じて、他国の政治や経済が、自分たちの暮らしに直接影響することは、以前より強く実感されるようになりました。
他国のことは、よくわからない。でも、世界や国際関係、各国の事情を知っておく必要はある。いまの若い世代には、そういう問題意識があると思います。この本は、その関心にも応えられるのではないでしょうか。
「バラバラ」だからこそ、現代の財政が立体的に見える
倉地
ここまで、徐先生と私の専門については触れましたが、ほかにどのような執筆者が参加しているのかも、ご紹介したいと思います。徐先生、お願いしてもいいですか。
徐
はい。編者は、私と倉地先生、それから東京経済大学の佐藤一光先生の3人です。
先ほどもお話ししたように、執筆者の多くは、学びの場で出会い、長年議論を重ねてきた研究仲間です。それぞれ、特定の国の財政を専門にしています。私は中国、倉地先生はデンマーク、佐藤先生はドイツ。そのほか、オランダ、アメリカ、イギリス、日本など、それぞれの国を長く見てきた研究者が参加しています。
ちょうどこの対談をしている時期にも、倉地先生はデンマークにいらっしゃいますし、ほかの執筆者も海外で調査をしています。
ただ、いま海外に行くのは本当に大変ですよね。円安もありますし、物価も高い。私自身、海外に行くたびに、「財布が痛い、財布が痛い」と思っています(笑)。
倉地
それは、デンマークでもかなり感じます(笑)。
徐
そうですよね。上海も、私の出身地ですけれど、いまは東京より高いと感じるものもかなりあります。それでも、みんな、それぞれの現場を見続けてきました。
各章のイシューは、執筆者が長年向き合ってきた問題関心の延長線上にあります。対象国も、扱う問題も違う。一見すると、統一感を欠くように見えるかもしれません。でも、その編成こそが、実はこの本の形を決めたんです。
一国の財政を一望する体系書では、どうしても取りこぼされてしまう論点があります。それが、各国の現場と切り結んできた研究者の視点を通すことで、初めて「イシュー」として立ち上がってくる。
バラバラな対象国と、バラバラな問題関心が一冊に集まったからこそ、現代の財政が抱える論点の広がりが立体的に見えてくる。それが本書の狙いですし、私たちだからこそできたことだと思います。
倉地
そうですよね。この「バラバラ」というのは、価値のないバラバラさではないんです。
少し歴史を振り返ると、日本の財政学は、もともとドイツ財政の研究から大きな影響を受けています。その後、地方自治の源流を考えるうえでのイギリス、世界的な大国であるアメリカなど、主要国を中心とした研究が積み重ねられてきました。
21世紀に入ると、中国の存在感が高まり、小国を対象にする研究も増えてきました。情報や調査手段が発達し、研究の蓄積も厚くなったことで、以前よりも研究対象を多様化できるようになったんですね。
ですから、「バラバラになってしまった」というより、「バラバラになることができるようになった」と言ったほうが近いと思います。
こうした国際比較の視点をもつ重要な一冊として、同じくミネルヴァ書房から刊行されている、高端正幸・伊集守直編『福祉財政』があります。同書では、主要5か国の制度、とくに社会保障を中心に、国際比較を通じて日本の現状への理解を深めることができます。
こうした先行する研究と教育の蓄積も踏まえながら、国際比較の視点から財政を立体的に学んでほしいと思います。
徐
なるほど。「バラバラになることができるようになった」というのは、いいですね。
倉地
この本を通じて、国際比較という思考の方法そのものを学んでほしいと思います。
誰に、どのように使ってほしいのか
倉地
ここからは、実際に、誰にどう読んでほしいのかを伺いたいと思います。
本書は、標準的な財政学の教科書とは、少し違いますよね。正直にいうと、少し外れている。財政学の基本的な理論体系よりも、具体的なイシューが前面に出ています。この本は、誰のために書いたのでしょうか。
徐
まず第一は、言うまでもなく大学生です。財政学や経済学の入門講義の教科書として、予備知識がなくても読めるように書いたつもりです。大学1、2年生が最初に出会う財政の本になってほしいと思っています。
二つ目は、ゼミの学生です。各章が比較的独立していますから、基礎ゼミで、学生が関心のある章を選んで読めます。学生同士のディスカッションやディベートの素材にもできます。
それから三つ目は、少し欲張りかもしれませんが、高校生です。私の子どもたちも、いま大学1年生と2年生で、高校を出たばかりなんですね。いまの高校には「探究」の授業がありますよね。
住宅価格の高騰やジェンダーなど、社会のイシューに関心を持った高校生が手に取れる一冊にしたいと考えました。高校生にとっても、切実なテーマはたくさんありますから。
倉地
高校の探究では、大学の先生にインタビューする機会も増えていますね。もちろん、直接話を聞くことでわかることはたくさんあるでしょう。でも、「大学では、どんなイシューを扱っているのか」を、まずこの本から知ることもできます。
高校で学ぶことと、大学で学ぶことをうまくつなぐ本にもなっていると思います。
徐
そして、一般の読者にも読んでほしいですね。
ニュースを見て、「なぜ税金は上がるのか」「なぜ格差は広がるのか」と、モヤモヤしている社会人の方も多いと思います。この本は、そのモヤモヤを「問い」に変えるための本です。
各章には二つのコラムがあり、章末には文献案内も付けています。気になったテーマから、次の一冊へ読書を広げられるようにしました。
倉地
財政学は、かなり敷居の高い学問でもあります。お金の流れは抽象的ですし、さまざまな理論や制度について、体系的な知識も必要です。やっぱり、ハードルが高いんですね。
少し別の本の話になりますが、私が執筆に参加した江成穣・倉地真太郎・佐藤一光・藤原遥著『Why not?! 財政学――超入門からホットイシューまで』(有斐閣)は、その体系を「超入門」から説明して、財政学への入り口を広げようとした本でした。
『イシューからはじめる財政』は、それとは別の方向から、入門の役割を果たしていると思います。財政学の体系や理論に関心がある人というより、現実の具体的な問題に関心のある人が読んで、「ああ、財政って、こんなところにも関係しているんだ」「意外と面白いじゃん」と気づく。
『Why not?! 財政学』が財政学には興味があるけど難しくて分からない人向けの本だとすれば、本書は「財政学って、あまり面白くなさそうだな」と思っている人にこそ、読んでほしいですね。
徐
『Why not?! 財政学』は、私も大学の授業で使っています。
倉地
ありがとうございます。
徐
いや、いい本ですよ(笑)。私のなかでは、あの本と今回の本を、一つのセットとして考えています。
学生に財政学の印象を聞くと、「金額が大きすぎて、よくわからない」「難しそうで、つまらない」と言われることがあります。
たとえば、学生に「1兆円のゼロはいくつですか」と聞いても、すぐに答えられない人が少なくありません。だって、指は10本しかないんです。指で数えても、1兆には届きません(笑)。ゼロが12個もある。日常の感覚から、あまりにも遠い数字ですよね。抽象的に感じるのも、当然です。
倉地
たしかに、普段の生活では扱わない大きさですからね。
徐
だからこそ、本書では、一回の授業に一つのイシューを置きます。一番の想定は、大学の半期15回の講義です。
本書は13章構成ですから、初回のガイダンスと期末試験を加えると、ちょうど15回に収まるんですね。実際、私が専修大学で担当している2年生向けの「財政と税制」でも、毎回一章ずつ扱おうと考えています。
授業の冒頭で、その回のイシュー、つまり「問い」を投げかけてから講義に入る。そうすれば、学生にとっても、「今日は何の話をするのか」が明確になります。
二つ目の使い方は、ゼミや演習での輪読です。章ごとに報告担当を決めて、章末コラムの問いを、そのまま討論のテーマにできます。たとえば、「アファーマティブ・アクションは必要か」「減税すべきか、増税すべきか」といった問いです。
三つ目は、高校の探究授業や小論文対策です。一章は16ページ程度で、章ごとに独立していますから、高校生にも扱いやすい分量です。
もちろん、社会人の学び直しや読書会、さらに研究の入り口としても使えます。章末の文献案内が、そのテーマに蓄積されてきた研究への道案内になります。
倉地
なるほど。改めて聞くと、かなり使いやすそうですね。
私もゼミで、輪読文献をもとにディベートのテーマを設定しています。でも、一冊の本から毎週、新しい討論テーマをつくるのは、意外と難しいんです。2週目、3週目、4週目となると、なかなか続かなくなる。
その点、この本はイシューが多様で、各章に問いが置かれているので、輪読とディスカッションを結びつけやすい。その意味でも使いやすいと思います。
AIの時代だからこそ、「よりよく問う力」を磨く
倉地
少し話は変わりますが、「はじめに」では、AIの時代だからこそ、イシューから学ぶ必要があるとも書かれています。
いま、教育現場では、教員も学生も、AIとどう向き合うかを模索しています。徐先生は、どのように考えていますか。
徐
この本を、こういう構成にしたもう一つの理由が、まさにAIです。
私も、かなり早い段階から、いろいろ試してきました。ですから、学生に「AIを使うな」と言うのではなくて、AIの力を借りながら、自分の知識を増やしていくことが重要だと考えています。
AIは文章を書き、データを分析し、論点を整理する力を急速に高めています。正直にいうと、AIの日本語力は、もう私をはるかに超えています(笑)。
倉地
確かに、文章や論点整理のスピードには、驚かされますね。
徐
そうなんです。以前は、データを集めても、どう分析すればよいのか悩みました。いまは、データを集めて条件を適切に示せば、AIが分析を助けてくれる。論点を整理するのも本当に速い。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、以前なら一年かかっていた仕事が、一か月もかからず進むようなことさえあります。
だからこそ、ここで立ち止まって、もう一度問い直したいんです。では、人間にとって何が必要なのか。私は、それが「イシューを発見する力」ではないかと思っています。
何が論じるに値する問題なのかを定義する。社会の片隅にある違和感を、学問的な問いとして立ち上げていく。少なくとも現時点では、それは人間が担うべき重要な仕事です。
倉地
本書に収められたイシューも、最初から机の上に並んでいたわけではないですよね。
徐
そうです。本書の各章は、執筆者がそれぞれのフィールドで出会い、引き受けてきたイシューの記録でもあります。
机の上だけで作文したのではなくて、自分の足で現場に行き、自分の目で確かめてきた問題がある。倉地先生も、つい最近グリーンランドまで行ってきたばかりですよね。
読者のみなさんには、既存の答えを学ぶだけではなく、この本を通じて、自分でイシューを発見する力を磨いてほしいと思います。
答えを覚える力ではなく、よりよく問う力。それが、変化の大きな時代を生きるうえで、最も基本的な力になるのではないでしょうか。
倉地
ほんとうにそうだと思います。
AIがさらに発達すれば、文章やデータ分析だけではなく、研究の仮説や、もしかしたら、よりよい問いまで示すようになるかもしれません。それでも、なぜ私たち自身が、問いを見つける力を持つ必要があるのか。
究極的には、私たち自身に「この世界を、自分たちの言葉と頭で理解したい」という欲求があるからだと思います。AIが理解するだけでは、私たちが理解したことにはなりません。
いま起きている問題が何なのかを、誰かに教えてもらうだけではなく、自分で理解したい。でも、うまく言葉にできないから、モヤモヤする。そのモヤモヤを、自分で問いに変える力が必要なんですね。
自分で問いを見つけられるようになれば、世界をもっと知りたいという気持ちが芽生えて、理解するために動き出せる。この本が、そのために少しでも役立てばと思っています。
現地に行くことで、予想は裏切られる
徐
そういえば、グリーンランドはどうでしたか。なかなか、学生も含めて、実際にグリーンランドへ行ける人はいませんよね。
倉地
そうですね。少しお話しすると、私はデンマークの財政を研究しているのですが、グリーンランドは、デンマーク王国を構成する自治領です。近年は、米国側の取得をめぐる発言もあり、資源外交や国際安全保障の面でも、かなり注目されています。
現地で何がわかったのかを、別の機会にお話しできればと思いますが、一つ挙げるなら、行く前の予想がかなり裏切られた、ということです。
私は当初、デンマークとグリーンランドの類似点に着目していました。制度の枠組みや通貨、言語など、共通する部分があるからです。
でも、実際に行ってみると、社会の成り立ちや人々の考え方は大きく異なっていて、そのなかで、さまざまな軋轢が生まれていることが見えてきました。インターネットや文献だけでは、なかなか捉えられない世界が広がっていたんです。
徐
やはり、現地に行かないとわからないことがある。
倉地
ありますね。もちろん、データや制度、歴史の分析は必要です。それと同時に、実際に足を運び、人の話を聞く。その両方を重ねることで、イシューをより深く理解できます。
AIは、インターネットや文献に蓄積された情報から考えます。でも、AIには身体がありません。現場へ行って、予想を裏切られることがない。
これまで持っている情報から合理的に考えれば、「きっとこうだろう」と思う。でも、実際に行ってみると違う。その枠を超えられるのは、身体を持っている人間なんですね。
新しいものを生み出そうと思ったら、やはり実際に体を動かすことが重要です。その面白さも、学生のみなさんに知ってほしいと思います。
徐
本書の執筆者も、学生時代から、いろいろ工夫し、節約しながら海外へ出て、調査を続けてきました。
いま海外へ行くには、以前にも増してお金がかかりますし、誰もが簡単に行けるわけではありません。
それでも、可能であれば現場を訪ねてみてほしい。行くことが難しければ、統計を調べ、人の話を聞く。自分の身近なところからでも、問いを探してほしいと思います。
編者の「推しの章」は?
倉地
まだ、もう少しだけ伺います(笑)。13章もあるので、選ぶのは難しいと思うのですが、徐先生の「推しの章」はありますか。とくに、ここを読んでほしい、というところがあれば。
徐
全部です(笑)。
倉地
そうなりますよね(笑)。
徐
ほかの執筆者が書いた章も、ほんとうに面白いんです。でも、せっかく私がこうして話す機会をいただいたので、あえて挙げるなら、私が担当した中国の話でしょうか。
第4章では、中国がなぜ2023年までに4万キロメートルを超える高速鉄道網を整備できたのか、その背後にある「土地財政」の仕組みを解説しています。
土地の値上がりを財源に変える、中国独特の仕組みです。急速な発展を可能にした一方で、不動産市場の変調とともに限界も露呈しました。発展のエンジンとリスクが、表裏一体だったわけです。
中国の経験を見ていくと、1980年代から90年代の日本の「土建国家」と、どこかつながる部分も見えてきます。これこそ、国際比較の面白いところですね。
第3章の公企業の話も、古代中国の塩の専売から、現代の民営化までをたどります。かなり意外な発見があると思います。
身近な問いから入る章では、「空き家が増えているのに、なぜ住宅価格は上がるのか」を扱う第9章や、「あなたはポピュリストですか」という問いから始まる第11章もあります。移民やジェンダーなど、いまの日本にとって大きなイシューも含まれています。
どの章も、入り口は身近な疑問です。まず目次を見て、気になったところから読んでいただければ、それでいいと思います。
倉地
そうですね。私自身は、終章もかなり印象に残っています。正直にいうと、初学者のみなさんには、少し難しく書いてしまったかもしれません(笑)。
でも、「各国はバラバラです」と確認するだけでは、実は理解は深まりません。では、異なるものを、私たちはどう理解するのか。そこで、国際比較という思考の枠組みや、考え方そのものが重要になります。
比較をどう組み立てればよいのか悩んでいる人にも、役立つ章になっていると思います。
答えではなく、自分自身のイシューを見つける足場に
倉地
では最後に、徐先生から、読者のみなさんへメッセージをお願いします。
徐
はい。私たちは「イシューからはじめる」と言っていますが、やはり財政学者なんですよね。
財政を学ぶことは、社会を学ぶことです。そして、私たち自身が生きている時代を理解することでもあります。
この本は、最初からみなさんに答えを提供しようとして書いたものではありません。それよりも、問いを投げかけることを大切にした本です。
財政の問題の多くには、唯一の正解がありません。これは社会科学全体に言えることですが、白か黒かだけで決められるものでもありません。大切なのは、選択肢とトレードオフを理解して、民主的な議論を通じて合意をつくっていくことです。
読み終えたら、ぜひ次の一歩を踏み出してください。気になった国や地域があれば、自分で統計を調べてみる。可能であれば、現場を訪ねてみる。
この本を最終的な答えとしてではなく、みなさん自身のイシューを見つけるための足場として使っていただきたいと思います。財政という窓を通じて、現代社会の課題を、みなさんと一緒に考えていきたいですね。
倉地
ありがとうございます。
この本を読んで、「答えがわかった」で終わるのではなく、そこから「では、自分は何を知りたいのか」「何を問い直したいのか」と考えてもらえたら、うれしいですね。
『イシューからはじめる財政――国際比較で読み解く13のテーマ』は、ミネルヴァ書房から2026年9月刊行予定です。書店、大学生協、オンライン書店で、ぜひ手に取ってみてください。
徐先生、今日はどうもありがとうございました。
徐
ありがとうございました。
本書の執筆者
共著:徐一睿(専修大学)、佐藤一光(東京経済大学)、倉地真太郎(明治大学)、
島村玲雄(東京都立大学)、土橋康人(北海学園大学)、吉弘憲介(桃山学院大学)
